絵画教室日記〜教室のようすとアイデアノート♪

見えているのに見えていない?見えている=認識している、ってわけじゃない、子どもの発達と絵

私は自分で絵画教室を始める前から現在まで、他の絵画教室の幼児クラスの担当をしてきたのですが、幼児の絵を見ていると「目に見えているからって認識しているわけじゃないんだなー」ってつくづく思います。
今回のテーマは「見えているのに見えていない?見えている=認識している、ってわけじゃない、子どもの発達と絵」について、私が体験してきた中での考察です♪

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前髪までしか描かない

ぐちゃぐちゃ描きや頭足人を描く時期が終わり、幼児~小学校低学年くらいの子が人物を描く時、頭部を前髪までしか描かない場合って多いです。
↓こんな感じ
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前髪の上にも頭はあって頭頂部まで続くわけですが、小さい子は前髪までしか描かずに頭頂部を平に切ったように描く場合がよくあります。
自分の顔は認識しているわけですが、自分の頭頂部は認識していないようです。
鏡を見て顔全体を写せば頭頂部も見えるはずですけれど…。
小学校低学年くらいまで前髪まで描かない子はいて、鏡を見てもらい「頭ってもっと上の方まであるよ。上の方に大事な脳みそが詰まってるんだよ」なんて話しをして、初めて頭頂部を意識して描き出すことがあります。

そういえば私も鏡を見たときは頭頂部まではちゃんと見ないかも?
いや、ダメですね、女性はヘアスタイルまでしっかりチェックしなくては…

木の枝や葉っぱを描かない

もうずいぶん前ですが、他教室の幼児クラスを担当していた時、年長さんの割にいろいろなものを描く女の子が、木を描く時に枝も葉っぱもない棒のような木を描いていました。
2~3回棒のような木を描いているのを見かけて、なんでかなあ、と不思議に思っていました。

ある時その子が窓の外を見ている時「木ってどんな風になってる?」と聞いてみました。
「枝とか葉っぱがある」
「絵を描く時には枝や葉っぱは描かないの?」
と聞いてみたところ、返って来た返事は「気がつかなかった」でした。
さらに「まだ背が低いから上の方まで見えないから」というので、「じゃあ今度、木ってどんな風になってるかな、って上の方も見上げてみてみるといいかも。でも、転ばないようにね」
ってことで、このやり取りは終了しました。
木には枝や葉っぱがあることは知っている、でも、背が低くて上の方は見えないから気がつかなかった…
つまりは、木には枝や葉っぱがあるのは知っているけど、自分のまわりの木に枝や葉っぱがあると言う認識はなかった??ってことでしょうか?
または、絵として木を描く時に、葉っぱや枝まで描くという考えがなかったと言うことでしょうか?
何年も前のことですが、印象深いできごとでした。

年齢的に認識できないものを認識させるべき?

私が絵が上手になるコツをあげるとき、その1つは「よく見ること」なのですけど、その「良く見る」っていうのは、ただ瞳孔にうつすことではなくて目に映ったものをしっかり認識して見る、っていうことです。
幼児の絵は成長過程に左右され、国や言語に関わらず、年代によって同じような段階を踏んで成長して行くのだそうですが(個人差はあります)、大人が考えたら見えているはずのものが、その成長過程に置いては認識されていないということもあるようです。
大人が、見てるでしょ?なんで描かないの?って思ってても、小さいお子さんの発達過程においてはわざと描かないのではなくて認識できていない、ってことでもあり、それは特別なことではありません。

だって、もっと小さな2〜3才の子の場合、ぐちゃぐちゃ描きの絵を描いて「パパとママ!」なんて言っている場合もあるわけですが、本当にそういう風に見えているからそう描いたってわけじゃなくても、その年代の子どもなりに描いた大好きなパパとママなんだ、ってわかりますよね。
ぐちゃぐちゃ描きも子どもが成長過程で描く共通の絵の段階なのですが、大人から見ると、どういう風に見えているのかな〜、なんて不思議だったり…
小さな子がお絵描きを楽しんでしている姿はホントに可愛くて、思わず笑顔になってしまいますよね!

さて、では、ぐちゃぐちゃ描きや頭足人の経過を経て子どもが成長して来た時、その子が成長過程に置いて認識できずにいるものを無理矢理描かせるべきか?っていうと、意見はいろいろ分かれると思います。
お受験などで一定のレベルの絵を描かなくては行けない場合で、成長過程が追いついていない場合は特別な練習が必要になってくるでしょうし、ある程度の年齢までは成長の過程にまかせて自由でいいのでは?という考えもあります。

私としては、子どもの成長過程以上のものを無理矢理描かせる必要はないけれど、日常生活の中での働きかけは大事、という考えです。

子どもと関わっている方には言うまでもないことかもしれませんが、公園の木々がきれいだったら「ほら、木がたくさんあるね!枝も葉っぱもたくさんできれいだね」とか「遠くの方に小さくお家が見えるね。もう明かりがついているね」なんて、目に映るいろいろなものを一緒に見て子どもに語りかけ一緒に感動する中で、子どもの認識が周辺に広がり、育って行くのではないでしょうか。
子どもの絵が成長過程に左右されるのであれば、絵を描くということに関わらず、そうやって子どもが人として成長し認識する世界が広げれば、子どもが描く絵の世界も広がって行くはずです。

まとめ

「見えているのに見えていない?見えている=認識している、ってわけじゃない、子どもの発達と絵」について、私の考えをまとめて見ると

  • 幼児の場合、見えているからと言って認識しているとは限らない
  • 子どもの成長過程以上のものをを無理矢理描かせる必要はないけれど、日常生活の中で子ども周辺世界への認識を広げる働きかけは大事
  • 子どもが人間的に成長することによって子どもが認識する世界が広がり、描く絵の世界も広がる

子どもが成長することで描く絵の世界が広がるなら、逆に、絵や創作に積極的に取り組むことは、子どもの人間的成長に役立つはず!って、強く思います。
あとりえ・おーぱるは小学生中心で幼児とはまたちょっと違うのですけど、創作を通して色々な経験をし、豊かな心の成長に役立ててもらえるように取り組んでいます。

創作は子どもたちの新しい世界の扉を開きます。
ぜひたくさんの経験で豊かな世界を広げてもらいたいものです(^^

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幸せを紡ぐ絵~松本圭
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